浦和地方裁判所 昭和51年(ワ)510号 判決 1981年3月30日
原告
本多和広
右法定代理人親権者
本多晃
同
本多八重子
右訴訟代理人
若月隆明
被告
上尾市
右代表者市長
友光恒
右訴訟代理人
関井金五郎
外三名
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実《省略》
理由
第一国家賠償法一条一項に基づく請求について
一請求原因事実のうち、原告が、本件事故発生当時、被告の設置管理する本件中学校一年七組に在学する一二歳の生徒であつたこと、長岡は、右学級の担任教諭として、金井塚は、本件中学校の校長としていずれも生徒の指導監督にあたつていたこと、本件中学校では、教育活動の一環として、昭和五〇年四月二四日、朝、第一時の授業開始前に、上尾市教育委員会を通じて埼玉県郷土緑化推進委員会から依頼された募金運動のためのいわゆる緑の羽根を右一年七組の生徒にも配布したこと、ところが、原告と同学級であつた関口が、第一時授業終了後の休み時間から、その羽根の針の部分に消しゴムの小片を刺し通し、それを教卓に投げて遊び始め、以後各休み時間中、右行為を続け、第四時の音楽の授業を受けるため第二音楽教室へ移動した後も、同教室の掲示板を標的にして右羽根を投げているうちに、的からそれて、何気なく振り向いた原告の右眼球に針先が刺さり、原告が、負傷したこと、以上の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
二ところで、本件のような公立中学校の教育作用としての教育公務員の生徒に対する教育活動及びこれと密接不離の関係にある生活関係に関する活動はいわゆる非権力的公行政作用に属するものであるが、国家賠償法一条一項にいう「公権力の行使」には、純然たる私経済的作用を除く非権力的公行政作用を含むものと解されるから、右教育公務員の活動についても同法一条一項が適用されるというべきである。
三1 次に、公立中学校の校長ないし担任教員が、教育活動の一つとして、登校した生徒を指導監督すべきことは、いうまでもなく、又授業中はもちろん、授業時間途中の休み時間における自校の生徒、担任する生徒の行状についても具体的内容を異にするとはいえ一般的には指導し監督すべきものであることは当然である。
しかして、右休み時間における右指導監督義務の具体的内容は、特に危険な行為(遊戯を含む)と目されるものが行われ又は行われようとしているなど危険性が客観的に予測される場合の他は、生徒の年令や社会的経験判断能力に応じた相当な一般的なものであれば足りるものというべきである。
2 そこで、休み時間中におきた本件事故につき、長岡、金井塚に、指導監督義務の違反及び過失があるか否かについて検討するに、原告は、長岡、金井塚は、本件緑の羽根を生徒に配布するに当り、本件行為のように配布された緑の羽根を用いて危険な行為をすることを予測して、危険な遊びをしないよう注意する義務があり、又、本件事故当日の各休み時間に関口が本件行為をしていたことを知るべきであるのにこれを知らなかつた点に義務違反及び過失があると主張する。<証拠>を総合すると、
(一) 本件中学校では、他の中学校と同様に、各教科ごとに専門の担当教諭が定められているため、音楽のような特別授業を除き、教師のほうが一年から三年までの各学級を移動して授業を行なうのが原則となつていること。したがつて、学級担任教諭であつても、自己の担任する学級の生徒と顔を合わせるのは、担当している教科の授業を行なう場合以外、朝の第一時授業開始前の一〇分間とその日の清掃終了後の一〇分間の「短学活」(短かい学級活動)の時間だけであるのが、普通となつていること。
(二) そして、生徒に対する諸注意は、四月の入学当初に学校規則等を理解させるための指導及び休み時間の目的、利用方法を含めた学校における生活上の指導注意が行なわれた他、特に必要のある場合を除き、普通は、前記各一〇分間の学級活動の場においてなされており、それ以上に、逐一生徒の全行動と結果について指導監督することとはされていなかつたこと。
しかして、判断能力の乏しい小学校低学年に比べ、すでに六年以上の学校生活を経験し、相当程度これに慣れている中学生については学校生活における行為について既に相当の判断能力を有しているものとみられ、右のように通常においては、許された範囲内でその責任と判断において、自主的に行動させることは理由があり、(現に、関口は本件事故結果の危険の大きいことを直ちに認識することができ、後記(五)のとおりの処置をとつている)右の趣旨のもとにとられていた前記の如き本件中学校の指導体制には他の公立中学校に比べても特に問題はなかつたと考えられること。
(三) 本件中学校では、授業時間の各間に各一〇分間の休み時間が設けられているが、これは主として教師と生徒が次の授業の準備をするための必要があつて設けられているものであつて、生徒にとつても遊び時間でないことはいうまでもなく、教師も又準備のため一旦職員室に戻るのが普通であつて、この間担任教師が担任する生徒の行動を逐一監督する余裕は具体的には存在せず、又そのようなものとして具体的に予定されていなかつたこと。
(四) 本件中学校においては、本件事故前少なくとも六年以上前から緑の羽根の募金運動に協力して生徒に緑の羽根を配布していたが、緑の羽根は、鳥の羽根に細くて曲りやすい針をつけただけの簡単で軽少なものであつて、それ自体直ちに危険なもの又は容易に危険物化するおそれがあつたとはみられないし、緑の羽根の針の部分に日常学習に使用している消しゴムの小片をさして多少重くしたとしても、これによつて直ちに高度な危険物化したともみられず、(これを多数生徒のいる中で飛ばすような行為をすれば、危険が生ずることは考えられるけれども)それまでに生徒の中にこれを飛ばすような遊びを思いつき現に遊んでいた者は見当らなかつたし、本件事故当日も緑の羽根は、募金に応じたか否かに関係なく一年生の生徒全員に配られたが、これを用いて関口のような遊びをしたものは、同人の他には一人もいなかつたとみられること、その他画鋲等を用いた類似のものを使つて危険な遊びをしていたこともみられなかつたこと。
(五) 関口の行為に気づいたり、他の生徒から関口の行為を聞いて知つた教師は、本件事故前にはいなかつたこと。このため、本件事故は、関口自身が直ちに洗面所に原告を連れて行つて右眼を洗眼させたうえ、保健室に原告を伴い養護教諭の山口てる代に原告の前記右眼の負傷を報告し、処置を求めたことにより学校側に知れ、長岡は同日午後原告本人から直接報告を聞き、金井塚は翌朝野原教諭及び教頭から報告を受けてそれぞれ知つたこと。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
右事実によれば、長岡あるいは金井塚において、事故当日生徒に緑の羽根を配布したことから直ちに前記のような関口の危険な遊戯行為を予見することは不可能であり、これを予見すべき特段の事由はなかつたというべきであるから、同人らにおいて、緑の羽根を配布する際これを用いて危険な行為をしないように生徒に特別に注意し、休み時間中も、そのような行為のないよう更に継続的注意を払うべき義務があつたとはいえず、又前記教師において現実に可能であり、必要とされる指導監督義務の程度に鑑みると、関口の右行為に気づかなかつたとしても、同人らに指導監督義務違反及び過失があつたとはいえない。
よつて、原告の国家賠償法一条一項に基づく本訴請求は、原告のその余の点を判断するまでもなく、理由がない。
第二民法第七一五条一項に基づく請求について
原告は、被告に対し、民法一五条一項の責任をも訴求するけれども、教育活動中に生じた本件事故の責任に関しては、前記のとおり国家賠償法一条により判断すべきであり、これとは別個に民法七一五条一項による使用者としての責任を論ずる余地がないし、公務員の行為につき過失が認められない以上、いずれにしても右責任を負うべき筋合はないといわねばならない。よつて、原告の右主張は失当である。
第三結論
以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、その余の点について触れるまでもなくいずれも理由がないのでこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(渡邊卓哉 野田武明 友田和昭)